第2章 食育の背景

この章では、「食育のまちづくり」を進める上で前提となる「食育」の背景を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

(1)食育って何だろう?
そもそも食育って何なのでしょうか。皆さんはどうお考えですか?
学校給食で地場農産物を提供するといった「教育」の概念でのみとらえられている方が多いかもしれません。
食育基本法には、次のような定義が掲げられています。

○生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの
○様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てるもの

私自身は、「食」を通じて「命」の大切さを学ぶものと理解しています。

というのは、私たちの命は、毎日の「食」に支えられているのは間違いないところですし、その「食」を得るために、少なからず動植物の「命」を犠牲にしています。
「食」について学び感謝することが、ひいては、「命」の大切さを学ぶことにつながっていくのではないでしょうか。

私は、農水省で棚田保全を担当していた縁もあり、毎年家族と一緒に棚田で田植えをすることにしています。毎日食べているお米がどこから、どのようにして作られているのか、我が子に分かってもらいたいという想いからです。ただ意外な副産物もあります。子ども達が、田んぼの中にいるカエルや魚、イトミミズに興味をもちはじめたのです。都会で生まれ育った我が子には、そんな小さな「命」の営みも珍しかったようです。お米という「食」を通じた「命」の連鎖を、我が子に自然な形で感じてもらえたのではないかと考えています。

大山千枚田(千葉県鴨川市)

コンビニに行けば、弁当やパン、お菓子、様々なバリエーションの「食」が豊富にあふれています。こんな時代だからこそ、「命」の根元となる「食」の大切さを学ぶことが重要なのだと思います。

(2)明治時代の食育の先人
食育という言葉が提唱されたのは、明治時代のことです。食育に関する明治時代の二人の先人を紹介しましょう。
一人目は、石塚左玄という、軍医であり薬剤師でもあった人です。栄養学がまだ確立されていない時代に食物と心身の関係を理論にして、医食同源としての「食養」を提唱した「食養家」としても知られています。

「食育」という言葉は、石塚左玄の『食物養生法』(明治31年初版)ではじめて提唱されたと言われています。

「嗚呼(ああ)何ぞ学童を有する都会魚塩地(とかいぎょえんち)の居住民は殊(こと)に家訓(かくん)を厳(げん)にして体育智育才育は即ち食育なりと観念せざるや」

これは、「学童を養育する人々はその家訓を厳しくして、体育・智育・才育はすなわち食育にあると考えるべき」との大意です。
石塚左玄は、陸軍において薬剤監という薬剤師として最高の地位に上りつめた人です。しかし、幼少時から皮膚病と腎炎にかかり晩年まで闘病生活を余儀なくされたそうです。

こういった経歴から、食の大切さや食が人に及ぼす影響の大きさを深く理解していたのではないでしょうか。

もう一人の先人は、明治時代のベストセラー作家・村井弦斎です。

村井弦斎が書いた『食道楽(しょくどうらく)』(明治36年初版)の中に、次のような一節があります。

「智育と体育と徳育の三つは蛋白質(たんぱくしつ)と脂肪(しぼう)と澱粉(でんぷん)のように程や加減を測って配合しなければならん。しかし先ず智育よりも体育よりも一番大切な食育の事を研究しないのは迂闊(うかつ)の至りだ」

智育よりも体育よりも『食育』が大切ではないかと説くこの言葉には、現代にも通じる説得力があると思います。

具体的な考え方として、次の記述もあります。

「体格を善くしたければ筋骨を養うような食物を与えなければならず、脳髄を発達させたければ脳の栄養分となるべき食物を与えなければならん。体育の根源も食物にあるし、智育の根源も食物にある。してみると体育よりも智育よりも食育が大切ではないか」

この大意は、「体格をよくしたければ筋肉や骨格の発達に資する食べ物を食べなければいけないし、脳をよくしたければ脳の栄養分となる食べ物を食べなければならない。ということは、体格を育む体育や脳をよくする智育よりも、食育が大切なのだ」ということなります。

ところで、脳や体格がよくなる食事って、どんな食事なのでしょうか。『食道楽』ではあまり具体的なことは触れられていませんが、「これを食べればかけっこが一番になる」、「これを食べればテストが100点とれる」なんて食事メニューがあればいいのにと、勝手に想像を働かせてしまいました。

『食道楽』春・夏・秋・冬の巻『食道楽』は、当時10万部をこえるベストセラーでした。村井弦斎はその印税で神奈川県平塚市に一万六千坪ほどの広大な土地を購入し、敷地内に野菜園、果樹園、温室、鶏舎、畜舎を設けて、そこでとれる食材を活用した「食育」を文字通り実践したといいます。

『食道楽』は、春・夏・秋・冬の四巻があり、「食育論」など「食」に関する啓蒙も織り交ぜながら、食物の選び方、料理や食事法などを紹介しています。主人公である30代の書生・大原と友人の妹・お登和さんの、ほのかな恋愛小説としても面白く読むことができます。

実は、この小説の中には、紀の川市の食材について記述されている箇所があります。
夏の巻第132「五目鮨(ごもくずし)」の中です。
美味しい五目鮨をつくるための酢の使い方について、大原と友人小山の妻君の間で、議論がはじまります。

大原「よくこんなに酢が利きますね。家ではぶちまけるほど酢を入れましたがちっとも利きません。もっとも冷えた飯へかけたのですけれども」
妻君「それだからいけません。お鮨は炊(た)き立ての熱い御飯へ酢と塩とごく少々のお砂糖をまぜて振りかけてうちわであおぎながらかきまぜなければ美味しくなりません。」
大原「オヤ塩がはいるのですか。」
妻君「ハイ、塩が入らなければ酢が利きません。最初酢の中へ塩をまぜておきます。酢も尾州(びしゅう)の山吹酢(やまぶきす)か紀州の粉河酢がいいのです。そういう酢だとお砂糖をまぜないでも充分甘みがあります。」

粉河酢は、紀州米などを原料とする米酢(よねず)でした。平安時代、花山(かざん)法王が粉河の地に立ち寄った際に、粉河寺観音に供える水で酢を造ればことに優れた酢ができるだろうということで、製法を伝授したという伝説が残されています。

江戸時代には全国ブランドになっていて、紀州徳川家の御用酢として和歌山城はもとより、江戸の御台所にも納入されていたそうです。残念ながら、現在、粉河酢のブランドは途絶えてしまいましたが、明治30年代にいたっても、ベストセラー『食道楽』にとりあげられるほどのブランドだったことがわかります。

「粉河酢」の看板

一方の「尾州の山吹酢」は、酒粕(さけかす)を原料とした粕酢でした。江戸の寿司に使われることで江戸時代、人気を博しました。ご飯にまぜると山吹色になったことからこの名前がついたそうです。山吹酢は、現在、愛知県半田市に本社のあるミツカングループにその伝統が受け継がれています。

(3)地産地消の推進
地産地消は、もともと、地域で生産されたものをその地域で消費することを言います。
最近、これに加えて、農業者と消費者が「顔が見え、話ができる」関係を構築して、地域の農産物や食品を消費者が購入する機会を提供するとともに、地域の農業と関連産業の活性化を図る取組も指すようになってきました。

地産地消の例として、地場農産物について、農産物直売所での直接販売、学校給食等での利用、加工品の開発などを行うことや、地域の消費者との交流・農業体験活動などがあげられます。ネットショッピングも、「顔が見え、話ができる」関係が構築されることを前提とすれば、広義の地産地消と言えるでしょう。

地産地消を推進することによって、消費者の「地域」や「農」に関する関心が高まります。それが地場農産物の消費を拡大して、地域の農業を応援することになります。高齢化する農家の意欲を高め、農地の荒廃も防ぐことができます。
何よりも、地元の産品を地元で消費するわけですから輸送コストが大幅に軽減でき、地球環境にも優しいですよね。

地産地消は、食育と比べて用語として使われだした歴史は新しく、昭和50年代からと言われています。
明治時代、先にご紹介した石塚左玄が主催する食養会が「身土不二(しんどふじ)」という概念を提唱しています。これは、地域でとれたものを地域で食べるのが一番健康によいという思想です。この「身土不二」が地産地消の先駆けとなったとも言えるでしょう。

◆紀の川市の地産地消
紀の川市は農業を基幹産業とする市ですので、地産地消の「産」が身近に存在するという意味で地産地消を推進しやすい条件に恵まれています。
紀の川市では、地産地消が積極的に進められていますが、そのうち三つの取組を紹介します。

1つ目はJA紀の里めっけもん広場です。
平成21年度の年間売り上げ27億円は、野菜・果樹中心の直売所としては全国1位で、他の追随を許しません。平成12年の営業開始以来、販売額を伸ばし続けているのは「素晴らしい」の一言です。
めっけもん広場は、高齢・女性農業者を中心に1,600人の出荷者があり年間80万人の集客数を誇ります。めっけもん広場がこのように成功したのは、大阪という巨大消費地に近いことや野菜、果物など通年で品揃えを用意できることと言われています。

しかし、何よりも高齢者や女性生産者が頑張っていただいたことが、めっけもん広場がここまで伸びた要因だと思います。
めっけもん広場では、

①小規模農家でも無理なく生産・出荷できる
②農家が自分で価格設定ができる
③流通コストが節約できるため、新鮮な農産物を割安に価格設定できる

という特徴があります。こういったことが農家のやる気を最大限に引き出したといえるでしょう。

JA紀の里「めっけもん広場」

めっけもん広場では平成21年度から軽食のとれる「イートイン」を開店しました。地元産の農産物にこだわって、おにぎり、スープ、ジェラートなどを販売しています。「楽農クラブハウス」という研修施設も設置して食育講座を定期的に行っています。
また、めっけもん広場では毎月19日を「食育の日」と定め近畿農政局と連携したイベントを開催しています。

2つ目が食育の拠点・青洲の里です。
青洲の里は、医聖・華岡青洲の顕彰施設として設立されましたが、地元農産物をつかった米粉パンや健康バイキングの提供により、「食育の拠点」として位置づけされるようになりました。
米粉パンは、めっけもん広場で製粉された紀の川市産米を原料にした米粉を使用しています。もっちり感がありとても美味しいと評判です。
健康バイキングは地元の農産物を中心としたメニューで平成19年3月からレストラン華で提供しています。
野菜や果物をベースとしたヘルシーなメニューのバイキングでマスコミにも何度も取り上げられ大変な人気を博しています。

青洲の里健康バイキング

平成21年度に地方の元気再生事業の一環として、「米粉創作料理コンテスト」を行った成果を活かして、米粉を素材としたメニューも出品されていますので、ぜひ一度おいでください。

3つ目が、市内の小中学校の学校給食における地元産農産物の活用です。
紀の川市では、学校給食で地場農産物を使ったメニューを積極的に取り入れています。学校ごとに設置された学校農園で農業体験を行うだけでなく、農家自身に教師になってもらい、「農」や「命」の大切さを学ぶ取組を行っています。

学校給食における地元農産物の活用

韓国のメディアにとりあげられたこともあるなど、紀の川市の学校給食の取組は国際的にも有名です。

(4)食料自給率の低下
それでは、今、なぜ食育や地産地消に取り組んでいかなければならないのでしょうか。その一つの要因に食料自給率の低下があります。みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

食べ物が自分の国でどれくらい作られているかを表す数字を食料自給率といいます。日本の食料自給率が、諸外国に比べて、大変低いことをご存じですか?

日本の食料自給率は、カロリーベースでみると平成21年度で40%となっています。これは、アメリカの124%、フランスの111%、ドイツの80%、英国の65%(平成19年)等と比べて先進国最低の水準です。

また、近年、日本の自給率が減少傾向にあることも問題です。昭和40年には73%だったのが、昭和55年には53%、平成18年には39%まで落ち込みました。一方で、先進国の中でも英国は自給率を昭和40年の45%から平成18年は69%まで伸ばしてきています。

食料自給率の推移(カロリーベース)

では、なぜ、日本の食料自給率はこのように低くなってしまったのでしょうか。

カロリーベースの食料自給率は、「国民一人への1日当たりの国産供給カロリー」(分子964キロカロリー)を「国民1人への1日当たりの総供給カロリー」(分母2,436キロカロリー)で割って得られる比率です(平成21年)。

カロリーベース食料自給率の計算方法(平成21年)
国民1人への1日当たりの国産供給カロリー(964kcal)
------------------------------------------------------------------- =40%
国民1人への1日当たりの総供給カロリー(2,436kcal)

日本の食料自給率が下がったのは、この分母・分子の双方に原因があります。
分子である「国民1人への1日当たりの国産供給カロリー」については、

① 担い手の不足や海外農産物との価格競争などから農業の生産が落ち込んだことや、
② 日本人の食生活の変化への対応ができなかったこと

が主な原因で、減少してしまいました。

分母である「国民1人への1日当たりの総供給カロリー」については、食生活の変化により劇的に変わりました。
高度成長が軌道にのった昭和40年との対比で、一人当たりの消費量は肉類で3.1倍、牛乳・乳製品で2.3倍、油脂類で2.1倍となっています。一方で、お米の消費は5割も減少しています(平成21年度食料需給表より試算)。
日本の畜産は、大面積を必要とする飼料生産の多くを海外に依存しています。油脂類も大半は輸入大豆を原料としています。

一方、消費の減ったお米は自給が可能なのです。

日本の農業が輸入農産物との価格競争などによって元気をなくす一方、日本人がお米を基本とする質素な食生活から、肉類や乳製品をふんだんに摂取する豊かな食生活を送るようになったことが、食料自給率の低下をまねいたと言えるでしょう。

◆自給率の低下はなぜ問題なのか
それでは、なぜ、食料自給率が低いままだと問題なのでしょうか。大きく分けて二つの側面があると考えられます。

1つ目が、農産物などの供給の問題です。
食料自給率が約4割ということは、言い換えると食料を外国に依存している率が約6割あるということにもなります。アメリカの農業経済学の専門家ジェームス・R・シンプソン氏(フロリダ大学名誉教授)は、その著「これでいいのか日本の食料」の中で、この状態を「食料依存率」という表現を用いて、このままでは日本は真の独立国足り得ないのではないかと警告を発しています。
いったん食料危機となると、まず自国の食料の確保を優先するのは当然の話です。食料を過度に外国に頼ることは絶対に避けなければなりません。

日本の食料自給率を100%とすることは現実的ではないにしても、少しでも自給率を高めていく努力が欠かせません。

また、国内での食料生産を通じて、日本の農村風景や環境を守っている面も見逃せません。
美しい棚田の風景を都会の人が楽しめるのも、そこでお米が作られるという行為がなければ成り立たちません。水田やため池に生息する多様な生物も、そこで農業が営まれているからこそ存在しうるのです。

2つ目が、日本人の食生活の改善という面からです。
日本人は、お米を食べなくなった一方、肉類や油脂類など自給が難しい食料を多くとるようになりました。また、カップめんやファーストフードなど手軽に食べることのできる食事を多用する食生活を送るようになりました。

日本人の食事は、昭和50年代、「日本型食生活」としてバランスのとれた低カロリー食として世界で賞賛されるほどでした。
ところが、平成の時代になると、タンパク質や炭水化物の摂取量が減る一方、脂質の摂取量が大きくなりました。その結果、肥満、動脈硬化、高血圧、高脂血症、糖尿病など生活習慣病と言われる病気にかかる人が多くなったと言われています。
グラフで示したのは、昭和55年と平成17年の肥満人口割合の比較です。全世代にわたって、肥満人口が増えていることが分かります。

お米をはじめとした国産の食材を用いてバランスのよい食生活を取り戻すことによって、健康で長生きでき、医療費もあまりかからない社会を形成することができます。また、食の安全・安心の観点からも、国産の食材を活用していくことが重要です。

食料自給率は、このように農産物の供給と食生活の両面から、これ以上の低下は食い止めなければなりません。
より詳しい情報については、農林水産省の末松広行さんの「食料自給率の『なぜ?』~どうして低いといけないのか?~」を読まれることをお勧めします。

◆地域別の食料自給率
都道府県別の食料自給率も、毎年、農林水産省により公表されています。最新のデータは、平成20年度概算値です。
では、問題です。
カロリーベースの食料自給率1%の都道府県はどこでしょうか?

答えは、東京都です。
私たちの国の首都がいかに脆弱な食料基盤で成り立っているかが分かります。2%の大阪府や3%の神奈川県も、もし仮に農村部や外国からの食料供給が止まってしまった場合、大問題になるでしょう。
一方、北海道は211%と他の都道府県からみて突出した数字となっています。食料基盤としての北海道の重要性が分かります。

それでは、我が和歌山県の数値はどうでしょうか。
答えは32%。
お隣の大阪の2%から比べれば頑張っていると言えますが、山がちで平野部が少ない我が県ですので、国よりも低い水準になるのは仕方がないのかもしれません。

〇地域別カロリーベース食料自給率(H20概算値。紀の川市はH18概算値。)

北海道 211%
東京都 1%
神奈川県 3%
大阪府 2%
和歌山県 32%
紀の川市 65%

実は、市町村別でも食料自給率が算定されています。
紀の川市の食料自給率は、65%ということです(平成18年度概算値)。
紀の川市は和歌山県下1位の農業生産市で、このような高い数字がでていますが、今後、この紀の川市の食料自給率を国の自給率と同様に高めていく努力が欠かせません。

◆金額ベースの食料自給率
食料自給率が40%といってもピンとこないな。毎日、スーパーで買い物をしているけど、国産の野菜や果物のほうが目につくもの・・・と考える方もおられるかもしれません。

たしかに、カロリーベースだけで食料自給率を考えた場合、野菜や果物などのカロリーは低いので、スーパーでの値札との実感からみて少し違和感があるかもしれませんね。
一方、野菜や果物も、私たちの食生活に欠かせない栄養素を供給してくれているので、カロリーベースだけの議論では片手落ちかもしれません。

こういった問題を補正するため、カロリーベースの自給率とあわせて金額ベースの自給率も公表されています。
平成21年度の金額ベースの食料自給率は70%です。カロリーベースの40%から見れば高い水準を維持しているとも言えますが、昭和40年には金額ベースで86%の自給率があり、こちらも年々減少傾向にあります。
カロリーベースと金額ベースの内訳を比較してみると分かるのですが、金額ベースでは野菜や果物の占める割合が大きいことが分かります。スーパーなどで野菜や果物を買う場合の実感とイメージがあうのではないでしょうか。

実は、食料自給率の計算方法は、カロリーベース・金額ベース以外にも、重量ベースとして「穀物自給率」と「品目別自給率」があります。
日本の平成19年度の穀物自給率は28%です。これは、世界177の国・地域中124番目、OECD加盟30カ国中27番目と低い数字です。
品目別自給率は、穀物、いも類など品目別に国内消費量に対する国内生産量の重量の割合を出したものです。
自給率は、何に着目するかによって、色々な数値があるのです。

では、なぜ、日本ではカロリーベースの食料自給率を基本に考えるのが、一般的なのでしょうか。それは、日本の食料安全保障を考えた場合、いざというときに体力や生命を維持するというもっとも基本的なことに直結しているのが、カロリーベースの自給率だからです。
もちろん、カロリーベースの自給率も万能ではありません。農業機械を動かすために必要な石油や肥料の輸入分が勘案されておらず、もし石油や肥料の輸入が停止されたら、日本の農業への打撃は深刻です。
自給率は用途によって使い分けていく考えをもつことが大切です。

◆食料自給率スポットアクション in 紀の川市
「『食料自給率』ってもうちょっと気にしてみてもええんとちゃう?」
紀の川市の方であれば、ご飯をおいしそうに食べる女の子の写真が掲載されたこのポスターをみかけた方も多いのではないかと思います。

食料自給率スポットアクションin紀の川市ポスター

平成19年秋、近畿農政局和歌山農政事務所から企画をもちかけられ、紀の川市内において食料自給率向上を呼びかけるキャンペーンを、国・県・市・JAなど関係者が協力して実施しました。
「やってみよらよ できることから」という和歌山弁の呼びかけとともに、次のような標語で自給率問題を啓発しました。

毎日の食事もっと気にして自給率
・ 意識して外食・中食それ国産?
・ 食卓に地場産野菜をひとつでも
・ デザートに旬の地場産くだものを
・ お米は国産! しっかり食べよう

めっけもん広場や青洲の里その他の市内の施設でポスターの掲示やパンフレットを配布して、集中的な広報活動を展開しました。
11月の産業まつりでは、食育の専門家の講演会も企画し、紀の川市民が、身近な「食」に関心をもってもらえるきっかけになったと思います。

和歌山農政事務所の担当者によると、紀の川市は県下1位の農業生産市であるとともに大阪や和歌山市にも近い消費地としての性格もあり、スポット的にキャンペーンを展開するのにちょうどよかったとのことでした。
ラジオや新聞でも大きく取り上げられるなど広報の面でも成果をあげましたし、何よりも紀の川市民に食料自給率について意識してもらえる機会となったことは、その後の「食育のまちづくり」を進めていく上で大きな意味があったと考えています。

(5)食生活の乱れ
日本人の食生活は、近年、栄養の偏り、不規則な食事、肥満や生活習慣病の増加などの問題がでてきています。
もともと、ごはんと味噌汁を基調として適度の肉と油脂類が加わった高度成長期の日本人の食生活は、「日本型食生活」として、世界的にも栄養面で理想に近いものとされていました。

食事の摂取エネルギーを構成する三つの栄養素として、たんぱく質(P)と脂質(F)と炭水化物(C)があり、この三つの要素の構成比をPFCバランスといいます。

今から30年ほど前、アメリカ上院で特別委員会を設置して「アメリカの食事目標」についての報告書「マクバガンレポート」がまとめられました。このレポートの中で、日本人の食生活が、バランスの良い健康的な食生活である「日本型食生活」として賞賛されたのです。
昭和55年当時の日本のPFCバランスは、理想とされる13:27:60に極めて近いものでした。

日本型食生活とPFCバランス

ところが、昭和50年代に理想に近かったPFCバランスが、平成の時代に入ると、脂質が増える一方、炭水化物が減少するなど栄養バランスが崩れてきました。
これは清涼飲料水や加工食品の摂取が増加するなど日本人の食生活が変化した結果といえるでしょう。
私も、紀の川市で単身赴任生活を送る中で、清涼飲料水やカップ麺などを安易に飲食してしまうことがあります。改めて、食事のバランスに気をつけなければと感じます。

◆朝食の欠食
食生活の乱れの中でも、朝食の欠食の増加は大きな問題です。
朝食は、寝ている間に低下した体温をあげるなど一日の活動開始に必要なエネルギー補給の役割を担っています。
朝食をとらないと、脳のエネルギー源であるブドウ糖が不足して、やる気や集中力に欠けてしまうといわれます。
生活習慣の乱れという意味でも、朝食の欠食は問題があります。
文部科学省の調査でも、毎日朝食を食べる子どものほうがペーパーテストの得点が高いという結果がでています。

朝食の摂取とペーパーテスト結果

国語、算数・数学、英語と様々な科目で、朝食を必ずとる子どもととらない子どもとの差が100点近く出ているのは驚きです。

DSの『脳トレ』ゲームで知られる脳学者・川島隆太博士も月刊誌で次のようなコメントをしています。

「朝食を食べていない人たちは午前中を捨てているのに等しい。もし私が会社経営者なら、真っ先にリストラするのは年齢に関係なく朝食を食べない人ですね。朝食を食べるにしても、ただパンをかじっただけではダメ。バランスよく食べる必要があります。」

朝食の大切さを強く思い知らされる言葉ですね。

◆「こ食」の問題
「こ食」の問題ってご存じですか?
最近の日本の食卓で起きている問題を端的に表したものです。
「こ食」の「こ」に6つほど漢字を当てはめる事ができます。「孤食」・「個食」・「粉食」・「固食」・「小食」・「濃食」の6つです。一つひとつ考えていきましょう。

「こ食」の問題

「孤食」は、家族がそろわずに一人で食事をすることです。孤食が続くと、家族のだんらんによって育まれる社会性や協調性が失われる可能性があります。
「個食」は、家族がそろっても、個々にそれぞれが別々の料理を食べることです。好き嫌いを助長し、栄養のかたよりが生じる可能性があります。
「粉食」は、パンや麺類など粉を使った主食を好んで食べることです。粉食ばかりだと噛む力が弱くなる可能性があります。
「固食」は、同じものしか食べないことです。栄養のかたよりが生じて、肥満や生活習慣病を引き起こす原因になります。
「小食」は、食べる量が極端に少ないことです。発育や体力維持に必要な栄養が不足し、無気力になってしまう可能性があります。
「濃食」は、濃い味の料理を好んで食べることです。濃い味の料理は、塩分濃度が高いものが多く、生活習慣病を助長するとともに、味覚が鈍り繊細な味を楽しむことができなくなる可能性があります。

これらの「こ食」が続くと、栄養のバランスが崩れ、正しい食習慣も身につかず、食事作法や食文化も受け継がれません。
食育を推進することで、これらの「こ食」を少なくしていくことが必要です。

(6)食の安全・安心
最近、BSE問題や事故米の不正規流通の問題など、食の安全・安心に対する関心が高まっています。
紀の川市でも、事故米を原料とした「でんぷん」が学校給食で使われていたことが発覚し、問題になったことがあります。紀の川市の将来を担う子ども達の「食」にまで被害が及んだことに、私も言葉を失いました。

「食の安全・安心」を考える場合、安全と安心が全く違うものだということを知っておく必要があります。
「安全」は、科学的に証明される客観的な事実であるのに対して、「安心」は、主観的な考えが入ってくるものです。
しかし、科学的に「安全」という証明があって初めて「安心」できる状況がつくられますので、食に関して事実を客観的に判断する力をもつことが大切です。

一方、「100%安全な食べ物はない」ということも肝に命じておかなければなりません。例えば、刺身を夏場の日中に長時間放置しておくと、ほぼ間違いなく腐ってしまい、「食べ物」が「毒物」に変わってしまいます。自分の口に入るものは最終的に自分で責任をもって判断するという姿勢が大切です。

食の安全・安心については、市民の命にもかかわる重大な問題です。
市民一人ひとりが、食品表示などについて正しい知識を身につけて、食の安全・安心について関心をもつ必要があります。

(7)フードマイレージ
1990年代、フードマイレージという考え方がイギリスで提唱されました。「食料の輸送距離」という意味で、食料の重量×移動距離であらわします。食料の生産地と消費地が近ければ、フードマイレージは小さくなり、遠くから食料を運んでくると大きくなります。
生産地と消費地が近くなる「地産地消」の考え方にたてば、フードマイレージは小さいほどいいと言えます。
しかし、農林水産省の試算によれば、日本のフードマイレージは世界中で群を抜いて高い状態です。食料自給率四〇%という現状からみて仕方がないことなのかもしれません。

各国のフードマイレージ

食料の移動のためには、化石燃料の消費が少なからず必要ですので、フードマイレージが高いことは、地球環境にとってもマイナスになります。
紀の川市で地産地消を進めることで、フードマイレージを少なくしていきたいものですね。

(8)郷土料理の伝承
伝統的な郷土料理は、守り伝えていくべきものです。論点は二つあります。

1つ目は、「地域の食文化の継承」という面です。
郷土料理は、地域の文化風習との関連が密接にあります。それぞれの地域で培われてきた食文化を継承し次世代に伝えていくことは、地域を理解し愛着を持ってもらうためにも大切です。

2つ目は、「地産地消の推進」という面です。
郷土料理は、地場産の食材を活用するのが基本です。生産者の顔が見えるという意味で郷土料理は地産地消に通じるものがあります。

紀の川市にも、じゃこ寿司、茶がゆ、いのこ餅、のっぺ、ふな焼きなどの郷土料理があります。
魚のじゃこのほか、大根、里芋、人参など紀の川市産の農産物を使用したこれらの郷土料理は、紀の川市の風土に育まれてきた伝承すべき大切な「味」だと思います。

私は、じゃこ寿司が大好きで、おまつりでふるまいなどがあると、好んで食べます。紀の川や貴志川でたくさんとれる小魚のじゃこを甘辛く煮詰めて押し寿司にする素朴なもので、少しほろ苦い味が、何とも言えず美味しいです。
茶がゆも、さっぱりした味わいで、小腹のすいた時に食べるには、ちょうどいい食べものです。

茶がゆ

作り方は簡単で、たっぷりの水に一つかみの焙じ番茶を包んだ袋を浸して、米を放り込んで勢いよく炊きます。炊きすぎると米が割れて「花が咲く」という状態になります。
この「花が咲く」状態を嫌う人もいますが、むしろ茶がゆに「もっちり感」がでて美味しくなるという人もいます。塩を入れたり、野菜、芋などもお好みで。家庭それぞれの味があるようです。
夏には、茶がゆを冷やした「冷やしがゆ」という、農作業の合間のさっぱりした食べものになります。
茶がゆをはじめとした紀の川市の郷土料理は、地域や家庭で伝わってきた「大切な心」を伝えるものだと思います。
レシピを見て学ぶことも大切ですが、若い方々は、まずは自分の家庭で、親やお年寄りに、それぞれの家庭に伝わる「味」を教えてもらうことからはじめられたらいかがでしょうか。