(5)「ふるさとをください」の「ふるさと」とは?

「恐れ入りますが、そのふるさとをほんの少しだけ、分けて貰えんでしょうか。ここにいてる人たちには、帰るふるさとがあらへんのです。」

映画『ふるさとをください』の中で、精神障害者の共同作業所「麦の郷」の所長が「紀ノ川屋」の店主に語った言葉です。

精神障害者への差別・偏見は、日本の社会に根強く残っていると言われます。1960年ごろから症状を抑える薬が飛躍的に発達して、再発防止や社会参加が可能になったにもかかわらず、家族が引き取れず病院を退院できない「社会的入院患者」が10万人もいるそうです。こういった引き取り手のいない患者を「ほっとけやん」と地域に施設を作って受け入れようとする「麦の郷」の所長。それに対して、「大事なふるさとに、よそもんが入ってきてひっかきまわされたらかなわん」と反対する店主。二人の対立する姿は、日本の社会の縮図でもあります。

実は、この映画で描かれる「ふるさと」の舞台は紀の川市です。映画の最初のシーンは、百合山から見た美しい「桃源郷」の風景。ヒロインの実家「紀ノ川屋」周辺の歴史風情の深い街並み。髭子(ひげこ)だんじりを囲んだ粉河の夏祭の情景。エンドロールでも、百合山の山頂にある小さな公園が映し出されます。映画の随所に、私たちになじみのある紀の川市の風景が織り込まれています。

映画の舞台に紀の川市が選ばれたのは、映画監督の冨永憲治さんが、粉河の商店街でたまたま入った楠酒店に協力要請したことがきっかけです。粉河寺の大門の近くで通りの向こうに竜門山が迫るロケーションが、監督の「ふるさと」のイメージにぴったり重なったということでした。

店主の楠富晴さんが、麦の郷理事長の田中秀樹さん(紀の川市遠方(おちかた)出身)と粉河高校で同級生だったことや、「紀州粉河まちづくり塾」の中心人物だったこともあり、粉河地区を中心とした紀の川市民の協力体制がとんとん拍子にでき上がりました。市役所にも協力要請があり職員がエキストラ出演で協力しました。

映画『ふるさとをください』この映画は、全国の共同作業所などでつくる「きょうされん」の30周年記念として製作され、3月8日の粉河ふるさとセンターでの上映会を皮切りに、全国の自治体で上映活動が展開される予定です。映画の舞台となった紀の川市が注目されるのは、間違いありません。

精神障害は、風土や文化と関係なく、140人に1人の割合で発病するそうです。つまり、誰でもかかり得る病気なのです。脚本を担当したジェームス三木さんは、「精神障害がいかに普遍的なものか、同時に普遍的であるにもかかわらずそこに生まれがちな差別や偏見の感情をどう考えるべきか、この辺に光を当てたかったんです」と述べています(『これまでの道、これからの夢』(ジェームス三木×藤井克徳)。

この映画は、私たち紀の川市民一人ひとりが、精神障害をはじめとした障害者福祉とどう向き合っていくのかを、問いかけているような気がします。

ただ、そういった少し重いテーマを考えないでも、ほのぼのとしたヒューマンドラマとしても楽しめる内容に仕上がっています。ヒロイン役の大路恵美さんと「紀ノ川屋」店主で父親役のベンガルさんとの愛情と葛藤。麦の郷の真面目な若手職員役をつとめた春口宏彰さんとヒロインとの心温まる交流。笑いあり、涙ありで、心の底から楽しめる映画となっています。特に、春口宏彰さんの真面目で飾らない演技は、出色の出来映えと感じました。

ジェームス三木さんは「これまでに映画で何十本、テレビドラマで何百本という脚本を書いてきました。今までの作品の中で、一番緊張したと言ってもいいと思います」とコメントしています。

さて、冒頭の「麦の郷」の所長と「紀ノ川屋」の店主の葛藤は、どのような結末を迎えるのでしょうか。3月8日の粉河ふるさとセンターの上映会には、ぜひ、みなさんお誘い合わせの上、おいでください。

「紀ノ川屋」の看板