(8)EUの農村振興施策リーダープラス

◆はじめに

日本の農村では、少子高齢化・過疎化等により活気が失われ、都市部との格差が開きつつあります。

このため、様々な農村振興施策が講じられてきていますが、棚田オーナー制度など「民」主導で行われてきた事例が見られる一方、従来の施策が「官」主導で進められてきた面があることは否めません。

ヨーロッパの農村においても、我が国と同様、過疎化や都市部との地域格差の問題に直面し、農業後継者を含む若者や女性の農村離れを食い止めるのに苦心しています。

こういった事情を背景として、農村住民が主体となって実施するボトムアップ型のリーダープラス事業(以下、「リーダープラス」という。)が、EUの助成で実施されています。

私は、平成17年、ドイツ連邦共和国南西部のバーデンビュルデンブルク州(以下、「BW州」という。)で実施されているリーダープラス南黒い森地区を調査する機会を得ました。

本稿では、リーダープラスの概略を述べた上で、南黒い森地区の実施状況とその課題、展望等について述べます。

◆リーダープラスとは?

リーダーとは、フランス語の「農村経済発展の活動の連携」という意味の言葉の略語です。

リーダープラスは、リーダーⅠ・Ⅱと二期にわたる前身事業を経て、平成12年(2000年)から平成18年(2006年)までの7カ年のEUの助成事業として実施されています。

リーダー事業は、農村住民が主体となって実施する農村活性化事業として位置づけられますが、この第三世代の事業は、内容を補強しつつそれまでの地域的限定をはずしてEU全域への展開を図ることとしたので、単なる延長のⅢとせず、質的な区切りとして“プラス”をつけて「リーダープラス」とされました。

◆リーダープラス南黒い森地区

平成17年(2005年)10月、私はBW州ヴァルツフート郡事務所内の南黒い森地区事務局を訪れ、関係者へのヒアリングと、実施中の4プロジェクトの視察を行う機会を得ました。以下は、地区の概要です。

○対象地域 面積1,427km2

(5郡42市町村)、人口約10万人。

○事業の目的 「生活、仕事、休暇」という3つのタイプの目的の下、地区全体の経済発展を推進。

○事業内容  投資プロジェクト10地区および調査プロジェクト八地区

○助成措置  2002年から5ヵ年間で約400万ユーロを投資、EUが半額を助成。

 

◆現地調査4プロジェクトの概要

現地調査を行った4プロジェクトの投資額と事業概要は以下の通りです。

 

アチェ博物館 縄づくり工房 スキー博物館拡張 白いモミの木ホール プロジェクト名
28万ユーロ 20万8千ユーロ 56万7千ユーロ 44万ユーロ 投資額
昔ながらの農家・民宿を博物館として再現

 

伝統的な縄づくりを体験できる工房を造成

 

地元出身のスキーヤーを記念した博物館を拡張 地元産のモミの木で馬の展示会用ホールを造成 事業概要

◆まとめと分析

南黒い森地区でリーダープラスに取り組んだ背景は、このままでは人口が衰退し過疎になってしまうという危機感にあります。EUの助成事業であるリーダープラスを導入することで、本地区の活性化が期待されています。

リーダープラスは、①パートナーシップ、②地域立脚型、③実験的、④ボトムアップ、⑤地域間・越国境的協力という特徴をもっています。

リーダープラスの事業主体は、行政機関、NGO・NPO等の市民団体、地域住民などから構成される地域活動グループ(LAG)です。LAGのメンバーは50%以上民間人でなければならず、この事業の「民」主導を明確化しています。本地区でも、事業の推進母体として27人のLAGが組織されています。

LAGは、①実施主体としての役割と、②個別案件に係る審査機関としての役割という二つの性格を有しています。たとえばスキー博物館の拡張工事の申請に当たって、LAGのメンバーでもあるエッカー村長自身が、LAGでプレゼンテーションを行ったそうです。

また、従来、行政サイドからリスクが高いと敬遠されていたようなプロジェクトを積極的に支援する「実験的」という要件により潜在的な地元事業や斬新なアイデアを発掘することができます。本地区においても、白いモミの木ホールで「実験的」に200年前の様式を現代によみがえらせました。

縄づくり工房では、フランスの事業地区と技術者の交流を通じて「越国境的協力」を行っています。

いずれにしても、リーダープラスの特徴をうまく活用しながら、ボトムアップ的に農村活性化に取り組んでいる状況が把握できました。

キーワードは「民」主導

◆終わりに

リーダープラスの次期事業として、従来のリーダー事業の特徴を活かしながら、リーダー事業をEUの農村振興施策の主流(メインストリーム)として位置づけ、「農村振興のためのヨーロッパ農業基金」(EAFRD)により、平成19年(2007年)から平成25年(2013年)まで助成が行われることになりました。

折りしも、日本では、平成19年(2007年)から「農地・水・環境保全向上対策」がスタートし、紀の川市でも39地区実施されています。

この対策において、地域の協議会が主体となって事業運営を行うという「民」主導型が採用されたのは画期的なことと考えられます。

リーダープラスの考え方を日本にそのまま導入することはできません。しかし、過疎化・少子高齢化の進む農村の活性化は、日・欧共通の悩みです。リーダープラスの取組は、今後の日本の農村振興を考える上で、大いに参考になるのではないでしょうか。

(平成19年11月8日 農業農村工学会京都支部発表会)

『棚田学会誌第8号』にEUの農村振興施策LEADER+について、紹介記事を投稿しています。詳細は、ドイツ連邦共和国農業環境政策等調査レポート(平成18年3月)をご覧ください。