背(せ)の山が近く見える ヒヨドリが楽しげに鳴く
菜の花が咲き乱れる この場所に君だけいない
川は今日も流れている 広く深くゆるやかに
僕は何ができただろうか 君のために
妹山(いもやま)は寂しそうね 目を細めつぶやいた君
思い出を手繰りながら 青洲の里に佇む
川は今日も流れてゆく 遠く強くただ激しく
僕は何ができるだろうか 君のために
もしも君のところへ行ける 橋を架けることができれば
僕は何を君に語ろう 紀の川のほとりで
紀の川は今日も流れ 幾つもの川を集めて
君はまだここに居る 僕たちの心の中に・・・
「背(せ)の山(やま)に直(ただ)に向かえる妹(いも)の山(やま) 事(こと)許せやも打橋(うちはし)渡す」
万葉集にあるこの歌をご存じですか?
この詠(よ)み人知らずの万葉歌は、紀の川の両岸に並ぶ背(せ)の山(やま)と妹山(いもやま)を男女に見立てて歌われました。訪ねてくる男性のために打橋(玄関前の橋)を渡して、女性が男性のプロポーズを受け入れたのだろうという大意です。
背の山・妹山周辺の紀の川のほとりを歩くと、はるか万葉の時代からの歴史を感じることができます。
江戸時代に活躍した華岡青洲も、きっと、こういった紀の川の風景の中で過ごしたのではないかと思います。自らの家族を犠牲にしながらも、世界ではじめて全身麻酔薬による乳がん摘出手術に成功するという偉業をなしとげた青洲は、紀の川のほとりで何を考えていたのでしょうか。
華岡青洲の顕彰施設・青洲の里からは、背の山を間近に見ることができます。菜の花が咲き乱れる初春のとある日、青洲の里で、あるマスコミ関係の方からご自身の体験談をお聞きする機会がありました。乳がんで大切な肉親の方をなくされた悲しい思い出です。
こういったエピソードをもとに、乳がん撲滅への願いと、悲しみを乗り越え「強く生きていこう」そして「私たちに何ができるか」というメッセージを、悠久(ゆうきゅう)の時を刻み続ける紀の川のほとりを舞台にして、歌に託することにしました。
この歌は、乳がん撲滅を目指す紀の川市ピンクリボンキャンペーンのテーマソングとされています。
乳がんは、早期であれば90%以上の確率で治癒(ちゆ)すると言われています。乳がん撲滅に向け、乳がん検診を一人でも多くの女性が受けていただくことを願ってやみません。
紀の川市ピンクリボンキャンペーンがスタートしたのは、平成20年のことです。華岡青洲の生誕地である紀の川市から、乳がん撲滅に向けた「早期発見と早期治療・検診受診率向上」を目指して、啓発普及活動を進めていこうというものです。
ピンクリボンは乳がんの早期発見・早期治療の大切さを伝えるシンボルマークとして知られていますが、紀の川市ピンクリボンキャンペーン推進本部では、「曼陀羅華(まんだらげ)」と「青洲くん」の二種類のピンクリボンバッジを作成して、乳がん撲滅の願いを発信する啓発グッズとしています。

毎年、乳がん検診啓発のための講演会を開催するとともに、啓発グッズを活用して募金を集めるなどしています。
こういった募金によって、平成22年秋、公立那賀病院に乳房デジタル超音波診断装置、通称エコーと言われる乳がん検診機器が贈呈されました。
ピンクリボンキャンペーンの根本は、命の問題だと思います。このキャンペーンは、命の大切さを考えてもらえるきっかけにもなるのではないでしょうか。
◆CD『紀の川のほとりで/華岡青洲とその生涯』
紀の川市ピンクリボンキャンペーンの啓発CD『紀の川のほとりで/華岡青洲とその生涯』が、啓発グッズの一つとして制作されることになったきっかけは偶然でした。
平成21年2月、紀の川市内で乳がん検診の啓発のための講演会が開催されることになりました。講師は、ご自身も乳がんに罹患(りかん)された経験をもつタレント・山田邦子さんです。この講演会のオープニングに、『紀の川のほとりで』を歌ってほしいという依頼が事務局から私にありました。
私はその日、東京出張がはいっていましたので、どうすればいいか市役所の中で相談したところ、上名手(かみなて)小学校の児童に歌ってもらうのがいいのではないかということになりました。上名手小学校は、華岡青洲の地元の小学校です。講演会まで時間もなかったので無理を承知で依頼したのですが、快く引き受けていただくことができました。
講演会当日、上名手小学校児童全員で『紀の川のほとりで』を合唱してくれました。歌に会わせて次のようなメッセージを児童から発してくれました。
みなさんにできることがあります。
お姉さん、お母さん、おばあちゃんは、
みんな乳がん検診を受けてください。
お兄さん、お父さん、おじいちゃんは、
お友達やご家族の女性の方に
乳がんの検診を受けるよう勧めてください。
どうかお願いします。
「天使の歌声」とも言える純粋なそのメッセージは、会場の聴衆に深く共感を呼びました。子供たちの歌声をぜひお聴きください。
(試聴)
上名手小学校児童の「天使の歌声」その後、ピンクリボンキャンペーン推進本部で、この歌のCD化の企画が提案され、財団法人青洲の里や音楽制作のASORA社の協力を得て、このCD企画が実現しました。
CDジャケットの写真は、写真家の堀田賢治さんから女性の力強さ・優しさを表現する素晴らしい写真を提供していただきました。モデルの女性と子ども達は、紀の川市内在住の方だそうです。

CD化にあたっては、「青洲の語り部」として全国で講演活動を行っておられる池田章さんの『華岡青洲とその生涯』という講演も収録させていただくこととなりました。
平成21年9月、打田生涯学習センターのスタジオで行われた録音では、上名手小学校全校児童が学年別に班分けをして、ヘッドフォンを装着し、心を込めて歌を歌ってくれました。夕方からの講演の収録では、池田さんの真摯な態度に、みな心を打たれました。
CDを注意深く聴いていただくと、川の音やウグイスの鳴き声が聴こえます。これらの音は、早朝、私が実際に紀の川のほとりで収録した音です。特に、歌の最後に収録されている水鳥の羽ばたきの音を聴いていただけると嬉しいです。
このCDによって、乳がん撲滅に向けた歌やメッセージが、紀の川市をはじめ全国に届くことを願っています。
◆池田章さんとその講演について
池田章さんは、大正10年、紀の川市西野山に生まれ、昭和21年、和歌山県庁に入庁、昭和53年に県職員を勇退後も、旧那賀町教育長などを歴任され、青洲の顕彰施設・青洲の里の建設にも深くかかわりました。
また、生涯の研究対象として華岡青洲の業績研究に取り組み、各地で青洲の苦難に満ちた一生涯を伝える「青洲の語り部」として講演活動に取り組まれています。
私も何度か講演をお聴きする機会があり、そのたびに涙ながらに話をされる池田さんの気迫に心を打たれました。
一度、きちんとした形で記録しなければならないと考え、紀の川市ピンクリボンキャンペーン推進本部に働きかけたところ、池田さんの講演を録音してもらうことになりました。プロの音響技術者であるASORA社のスタッフが最新の技術で協力してくれました。
CDには、平成21年9月に紀の川市ピンクリボンキャンペーン推進本部において行われた講演を収録しています。

上名手小学校児童の「天使の歌声」とあわせて、池田章さんによる魂の叫びとも言える講演を、ぜひお聴きください。
(試聴)
このCDは、紀の川市ピンクリボンキャンペーン推進本部の啓発グッズとして位置づけられています。ご購入希望の方は、推進本部の事務局(紀の川市保健福祉部健康推進課内)にご連絡ください。
※紀の川市在住の歌手・宮本静さんwithケンタナの「紀の川のほとりで」です。優しいギターの音色と一緒にお楽しみください。ケンタナ=検校たかお(ギター) 田中章悟(ギター)
※紀の川市離任後、関東農政局を経てルワンダ共和国にJICA専門家として赴任し、「紀の川のほとりで」のメロディーで「ニャバロンゴ川」という歌を英語で作りました。ルワンダの国土の大半を流域とする大河川なのですが、20年前の虐殺の際、多くのツチの方々がこの川に、殺されて、または生きたまま、流されたという悲しい歴史を持った川です。この川をテーマに、なぜ私達は彼らを救えなかったのか、そして私たちにこれから何が出来るのかを問いかけるメッセージソングを作りました。彼らを追悼する気持ちをこの歌に込め、強く平和を願うものです。
1 I am standing here by the river side.
I hear birds singing merry and happy.
I see a carpet of papyrus, however
You’re the only one missing in this picture.
Nyabarongo river runs through a Thousand Hills
The wide, deep and gentle flow heals our pain.
I ‘ve been asking myself what I could have done to save you.
2 I ‘m remembering what you once whispered.
‘ I love this river and this beautiful country.’
Today I took a trip down memory lane to look back on your days and look back on your own life.
Nyabarongo river runs through a Thousand Hills
The turbulent and powerful flow wash away our grief.
I’m asking myself what I ‘m able to do for you now.
3 If I could build a bridge to see you in heaven
What shall I tell you by the river
Nyabarongo river’s healing all our pain.
And it reminds us of you.
Nyabarongo river runs through Rwanda.
It is joined by many tributaries
You are continuing to live in our hearts
To live in our life now and forever.